私の住む海辺の町には、風景を売りにしたレストランやカフェが少なからずある。それらの多くは、いわゆる「いちげんさん」の観光客をあてにした、気楽に立ち寄れる店なのだが、その分どうしても、何度か通ううちに「軽さゆえのあれこれ」が目についてしまう。
とくに食材と、その調理法に関しては――フランス料理の経験が5年ばかりあることもあって――いささか生意気だが、首をかしげてしまうことも少なくない。
もちろん車で通りかかるだけでは、うっかり見逃してしまうだろう。おしゃれな民家だと思われて、それっきりになるかもしれない。しかし一時的に雑誌等に取り上げられ、観光客に「消費」されるよりは、よっぽどいいのかもしれない。(実際、大波でも押し寄せるように短期間だけ繁盛し、常連が逃げて疲弊し、引き波とともに店をたたんだ飲食店を、これまで何軒か見てきた)
たしかに店の窓からは、太平洋に横たわる光の水平線を望めないし、のんびり走るいすみ鉄道の黄色い車両をおがむこともできない。ささやかな田んぼをはさんで、砂利の山が横並びになった、資材置き場の広い敷地が見渡せるばかりだ。しかしその敷地を取り囲む、年代物の高い塀には、まるで片岡親子を歓迎でもするように、青一色の世界が広がっている。
すでに塗装の艶ははげ落ち、はじめてその光景を目の当たりにすると、いささか驚かされるのだが、ぜひ一度、その塀を見渡せる窓ぎわのテーブルに腰かけて、じっくり眺めてほしい。はるか昔に切り離された、なつかしの原初の海でも思い出させるような、不思議な感慨がじわりと芽吹いてくるから。