2016年4月13日

東浪見(とらみ)の良心 イタリアン青(AO)

私の住む海辺の町には、風景を売りにしたレストランやカフェが少なからずある。それらの多くは、いわゆる「いちげんさん」の観光客をあてにした、気楽に立ち寄れる店なのだが、その分どうしても、何度か通ううちに「軽さゆえのあれこれ」が目についてしまう。
とくに食材と、その調理法に関しては――フランス料理の経験が5年ばかりあることもあって――いささか生意気だが、首をかしげてしまうことも少なくない。


2015年の初秋、一宮(いちのみや)の東浪見(とらみ)という、ひと目見ただけでは間違いなく読めないその土地に、イタリアン青(AO)はオープンした。大きく目立つ看板もなく、わかりやすいトリコローレ(三色旗)もかかげられていない。それはシェフである片岡さんのこだわりの哲学が反映された結果なのだが、その店名のとおり、そこには青竹を割ったようないさぎよさがある。

もちろん車で通りかかるだけでは、うっかり見逃してしまうだろう。おしゃれな民家だと思われて、それっきりになるかもしれない。しかし一時的に雑誌等に取り上げられ、観光客に「消費」されるよりは、よっぽどいいのかもしれない。(実際、大波でも押し寄せるように短期間だけ繁盛し、常連が逃げて疲弊し、引き波とともに店をたたんだ飲食店を、これまで何軒か見てきた)



席数は15足らず。すっきりとしたワンフロアの白壁に、温かみのあるアンティークのテーブル。それぞれに個性的な顔を持つ寡黙なイスたち。近隣の飲食店にくらべると、ほんの少し料理の単価が上がるが、そのぶん舌が小躍りする。近隣農家から取り寄せた、自然栽培の野菜のシャキシャキの歯ごたえ、色とりどりの根菜たちの、ある意味粗野な、力強いうまさ。しっとりとした自家製ロースハムに、こだわりのチーズ。口の中でとろける豚ほほ肉の赤ワイン煮。今後レパートリーが増えるであろう、開発中のデザート。


店名である青。いまだ成長なかばの、世に出たばかりの蒼い新芽。

たしかに店の窓からは、太平洋に横たわる光の水平線を望めないし、のんびり走るいすみ鉄道の黄色い車両をおがむこともできない。ささやかな田んぼをはさんで、砂利の山が横並びになった、資材置き場の広い敷地が見渡せるばかりだ。しかしその敷地を取り囲む、年代物の高い塀には、まるで片岡親子を歓迎でもするように、青一色の世界が広がっている。
すでに塗装の艶ははげ落ち、はじめてその光景を目の当たりにすると、いささか驚かされるのだが、ぜひ一度、その塀を見渡せる窓ぎわのテーブルに腰かけて、じっくり眺めてほしい。はるか昔に切り離された、なつかしの原初の海でも思い出させるような、不思議な感慨がじわりと芽吹いてくるから。