2015年9月28日

お気に入りの品々 その4 『ウサギ酒』

人の集う祝いの場でしかアルコールを口にしない、まったくの下戸ですが、ふと気まぐれに、思い浮かんだ風景に引っぱられるかたちで、酒器を購入することがあります。


古い蔵を改造したギャラリーで、備前焼の個展が開かれていたのですが、そこで直径3寸ほどの平杯(ひらさかづき)に、目を惹かれたのでした。
遠路はるばる関東の海辺の町まで足を運ばれた、作者である本山英作さんに、備前焼にまつわる裏話などをあれこれ教わりつつ、指の腹を楽しませていたのですが、個人的には、緋襷(ひだすき)や牡丹餅(ぼたもち)などの柄に彩られた、備前焼らしいものはあまり好みません。


その点、目を惹かれた平杯は、一部に赤松の薪の力を借りた、自然釉特有の備前らしさを残しながらも、その多くの面に、火の神さまの、奔放な絵筆がふるわれているように感じました。
器の底に散らばる、結晶化したガラス質の白、そしてそのへりを彩る黄土色のにじみは、なんだかさざなみに溶ける、湖面に映された孤高の月を思い起こさせます。あるいは、薄雲の衣をまとった、恥ずかしがり屋のおぼろ月を連想させます。

中秋の名月。今宵も杵(きね)をかかえた働き者のウサギが、3寸のタライで楽しげに、行水ならぬ「行酒」をしております。