2023年8月22日

寄せる波で組み立てた椅子

矢野顕子さんの『ひとつだけ』の歌詞に、心をはっとさせるいくつかの「ほしいもの」が登場する。きらめく星くずの指輪であったり、世界中の花を集めて作るオーデコロンであったり。

ここで言う「ほしいもの」は、受け取り手からのまなざしであるが、私はむしろ、悪戦苦闘しながら、それでも不思議と笑顔になってしまう送り手・作り手のほうに、思いを馳せてしまう。

おそらく私が身のまわりのものを作りたがるのは、そこに原点があるからで、さらに言うなら受け取り手としての喜びも、一石二鳥的に味わえてしまう。「こんなのほしくない?」「それそれ、ほしかったやつ!」という小芝居が、手を動かすかぎり情熱的にロングランされる。

というわけで、ここ
1年ほどで仲間入りしたいくつかを。




【長猫のカードケース】

カード決済のたびに長財布を取り出すのは、面倒かつ余計な劣化をまねくだけなので、押し入れに眠っていた革の端切れで、フリーハンドでこしらえてみる。わざとらしくないゆがみで、手縫いでチクチク。何かいいワッペンはないかとネットで探してみると、クスリと笑いを誘う長猫を発見。しかし少しばかり大きい。じゃあ革の裏地で作ればいいじゃないかと、結果的に、スエード風の肌ざわりも大満足。運がよければスーパーのレジで人気者になれる。




【マグのぴったりふた】

だだっ広いワンフロアの、野外からの風が吹き抜ける瀬戸内の豊島美術館・母型。その床に、いつまでも終わりなくコロコロと、水滴の群れが好き勝手に転がっているのだが、寺井陽子さんのマグでホットミルクを飲んでいると、そのときの光景がふと思い出される。
どこか生き物の気配をやどした、手びねりのマグと喧嘩しないかたちの、ガウディ曲線のぴったりふた。冒険好きなハエトリグモの、思わぬ不慮の事故もこれでなくなるはずだ。





【メロンパン時計】

断捨離とはほど遠い、物だらけのカオスを面白がる性格なので、ちょっとした掃除のさなか、四半世紀ぶりに腕時計と再会を果たすこともある。ただ、すでに日常使いのレギュラーは、便利なスマートバンドと、自動巻きのマックスビルで埋められているので、残念ながら出番はない。鼻息荒くみがき上げて、ヤフオクに出すまでの商人魂もない。

だったらいっそのこと、ロレックスの中身をくり抜いてそこにビスケットを詰め込んだ所ジョージさんよろしく、焼きたてのメロンパンを放り込んで、非常時に備えるのはどうか。もちろん食品サンプルなので、腹はふくれないし、かじっても前歯が欠けるだけなのだが、間違いなくこれまでよりこの時計が好きになるし、あこがれの馬鹿な大人でいられる。





【ハウルの動かぬ城】

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をザッピングしていると、どこからその発想と情熱が湧いてくるのだと、驚きとともに嬉しくなってしまうクリエーターに出会うことがある。

Studson Studio
HOWL'S MOVING CASTLE out of junk



私もある意味では、上記の彼に負けないぐらい宮崎駿さんのファンである。
たとえば製作過程を追った12時間半のドキュメンタリー『ポニョはこうして生まれた』の映像を、しつこいぐらい見返したおかげで、いまだにアトリエ 二馬力の間取り図をそらで書き上げることができる。歩行者を驚かせないよう、シトロエン・2CV(ドゥーシーボー)のクラクションに詰めものをして満足げな、宮崎さんの笑顔をありありと思い出すことができる。

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動画内の「ハウルの動く城」は、私には逆立ちしても作ることができないし、たとえ挑戦しても似ても似つかぬ劣化バージョンとして、自分をがっかりさせるだろう。色味が忠実に再現された、立体のペーパークラフトもあるみたいだが、高さ43センチとかなり大きく、おまけに設計図どおりの同じ完成品が、私の知らないところでこれからも増え続けていく。
というわけで、手のひらサイズの、もとは銀一色のずしりと重みのある、阿随(あずい)金属工房の工夫をへたハウルの動く城を購入した。オリジナルに寄りかかりすぎずに、時間をかけて色づけし、ウェザリングの汚しとサビも取り入れた。


いまもノートパソコンのすぐそば、視界の片隅にそれは「動かぬ城」として鎮座している。座禅のさいの、肩を打つ警策(きょうさく)ではないが、執筆中の気のゆるみを、たしかにいましめてくれるのだ。私を立ち止まらせ、言葉なく語りかけるのだ。どこかで見た定番の景色をうっかり作品に取り入れそうになったとき、浅瀬を渡ろうとせず、さらに深く深くもぐりなさい、未知の湧水の響きにじっと耳を澄ませなさいと。